「ゲーテ診療所」を企画するにあたって

音楽劇「ゲーテ先生の音楽会」は、「歌と音楽と演劇を組み合わせたものをカフエでやりたい」と
バリトン歌手である増原英也さんが企画してくれた所から始まったものです。

増原さんは沖縄の大学に入って、その後、何を思ったか芸大の声楽科に入学して、そののちイタリアに留学してみたり。もともとお父さんがみんなで楽しめるような劇団を主宰されていたり、そういうこともあってでしょう。

「カフエでやることに意義がある、この際、無茶なことをやりましょう」と、『ゲーテ先生の音楽会』をやろうやろうと勧めてくれたんですね。

宇田川町店には、ちょっとした「小上がり」がありまして。演劇をやるなんてそんな立派なものじゃなくてですね、えっここ?っていう感じの「小上がり」。あすこにはブビンガという木の一枚板の大きなテーブルがありましてね、カフエ マメヒコ宇田川町店の客席のおよそ70%は占めるであろうブビンガ製のテーブルほか、もうどうすることもできない。

そこでね、いわゆるどこぞのホールで歌っているオペラ歌手と、演劇、歌、音楽を気軽に楽しめる会をやろうと。できれば食事もついていたらいいねとかなんとか。それで『ゲーテ診療所』を舞台にした劇を2時間半やりました。

冬の時はバッハのコラールがテーマでした。賛美歌「主よ人の望みの喜びよ」をみんなで歌う。春の時はドイツ・リートがテーマで、シューベルトの「野ばら」や「ます」、シューマンの「詩人の恋」なんかを歌いました。

おかげさまでお客さんも大勢来てくださって。終わってみたらすごく高揚したものになっていました。2時間半、お客さんは笑いっぱなしだし。最後はスタンディングオベーションで、感動したと泣いてるヒトまでいるし。

普通のヒトの、普通の生活に、芸能が宿る

ドイツの文豪、ゲーテの本を読むとわかるんですけど、世の中を渡っていくための処世術が書いてある。立派なことを言い過ぎるとややこしくなるから、あんまり深く考えるなよ、とかね。自分のことを嫌いになることほど、馬鹿げたことはないからね。人生色々あるけど元気に生きていこう。そういうことが詩だったり、小説だったりに手を替え品を替え書いてあって、あぁ、そういうんだったらね、これはカフエ向きだなと思いました。とかくボクらは難しく考えすぎる。

そして、考えすぎていよいよわからなくなって、今度は一切合切、投げやりに何も考えなくなる。
これはひとつの病気だとボクは思う。世の中はあらゆることが誰かの利益のために複雑になってますから。普通のヒトの、普通の生活にこそ、世の中があり、そこにこそ芸能が宿るとゲーテは考えていたはずです(ある側面としてですけど)。

カフエでやる『ゲーテ先生の音楽会』こそ芸能であり、そこに居合わせたお客さんが喜々とした笑顔を見せたのは、案外今のボクらの周りに、芸能って無いのかもしれないなと。芸能界はビジネスであり、芸能ではないですものね。

偶然気づいたことですけど、この『ゲーテ先生の音楽会』は、カフエと芸能の親和性を考えるきっかけになったのでした。

わたしたちは、何を目指していけばよいのでしょうか。世間というものを識ること。そしてそれを嫌ったりしないことです。人間というのは劣等感を持ち、ダメになってくると、人の不幸しか喜べなくなってくるものです。